月に帰る

あなたは月に帰るという。

少し大きめのカバンに歯ブラシセットと2日分ぐらいの着替えと携帯ラジオとそれから煙草を1箱入れて、駅へと向かう。

ー電車で、月に行くの?

ーうん、そうだよ

ー月に行くの電車なんてのがあるんだ、知らなかった

ー10年に一度、中秋の名月の時だけ来るんだよ

そう答えたあなたの手はとても冷たい。わたしは自販機で缶コーヒーを買い、それをあなたに待たせた。

ーはい、カイロ代わり

ーありがとう…でも多分もう、体温が戻ることはないと思う、これからはずっと冷たいままだ

ーずっと?…それじゃあまるで、死んでしまうみたいだ

ーううん、死ぬというかね…生まれ変わるんだよ

生まれ変わる。

ああ、そうか。その体はもうこの星の生き物のものであることをやめ、月の生き物のものへと変わってしまうのか。

そう考えると、本当に遠くへと行ってしまうのだな。もう、会えないね。嘘みたいだ。わたしがそう言うとあなたはああ、とぼんやり言った。心もどこかに行ってしまったみたい。

電車が入ってきた。

月へ行くと言うぐらいだから、銀河鉄道のようなSLっぽくて光に包まれているようなものを想像していたけれど全然違った。深い青色の、箱みたいな車両が10両ほど繋がっているものだった。

ーそれじゃあ

ーうん

ー手紙送るよ

ーばか

あなたを乗せて電車はゆっくりと動き始めた。ゴトン、ゴトン、ゴトン。深夜のホームに響く音。空には霞んだ月が浮かんでいる。